古謝玄太の妻はどんな人?鳥取出身の亜希子さんと5人の子供!

古謝玄太の妻はどんな人?鳥取出身の亜希子さんと5人の子供!

古謝玄太さんの妻は、鳥取県出身の亜希子(あきこ)さんです。大学時代から約20年間そばで支え続け、2026年9月13日の沖縄県知事選では「妻の方が演説がうまい」と言われるほど前面に立ちました。

5人の子供を育てながら夫の挑戦を支えてきた人で、選挙前には複数のメディアがインタビューしているんですよね。

  • 妻・亜希子さんの出身や年齢、夫との関係、本人が語った言葉
  • 5人の子供の年齢と構成、4年前に家族で決めた沖縄移住の経緯
  • 東大から総務省、参院選の惜敗を経て県知事選で初当選した古謝さんの歩み
名前 古謝 玄太(こじゃ げんた)
生年月日 1983年10月23日(2026年9月時点で42歳)
出身 那覇市首里石嶺町
学歴 昭和薬科大学附属高校、東京大学(薬剤師)
職歴 総務省(2008年入省)、長崎県庁、NTTデータ経営研究所、那覇市副市長(2022年12月〜2026年2月)
亜希子さん(鳥取県出身・43歳)
子供 5人(四女一男・18歳、16歳、14歳、9歳、3歳)
両親 父は宮古島出身、母は広島県出身
2026年9月13日 沖縄県知事選で初当選確実(県政史上最年少)
公式 公式サイト kojagenta.com、X @GentaKoja
沖縄県知事選で初当選した古謝玄太さん
沖縄県知事選で初当選を確実にした古謝玄太さん(出典:古謝げんた公式サイト https://kojagenta.com/profile/)
古謝玄太さんの家族構成(7人家族)
宮古島出身
祖父母は「古謝そば」を経営
広島県出身
古謝玄太さん
本人
古謝玄太さん
1983年10月23日生・42歳
沖縄県知事選で初当選
妻の古謝亜希子さん
亜希子さん
43歳・鳥取県出身
大学時代からの付き合い
長女
18歳
県外の大学に在学
次女
16歳
高校2年生
三女
14歳
中学2年生
長男
9歳
小学4年生
四女
3歳
2023年生まれ
妻の亜希子さんは鳥取県出身で、大学時代から約20年間、古謝さんを支えてきました。5人の子どもの年齢は2026年9月のインタビュー時点。名前と顔は公表されていません。
顔写真の出典:古謝げんた公式サイト(https://kojagenta.com/profile/)、ママモネ(https://www.mamamone.okinawa/post-9186/)
目次

古謝玄太の妻である亜希子さんについて分かっていること

妻の亜希子さんは鳥取県出身の43歳で、古謝さんとは大学時代からの付き合いです。5人の子供の母であり、選挙戦では夫より演説がうまいと評されました。

結婚の時期や馴れ初めの詳細は公表されていません。ネット上の「授かり婚」という話にも根拠は見当たりませんでした。

妻は鳥取県出身の亜希子さんで大学時代からの付き合い

古謝玄太さんの妻は、古謝亜希子さんです。名前は本人がメディアの取材に実名で応じているため、公になっています。

出身は鳥取県。古謝さんの公式サイトのプロフィールにも「妻(鳥取県出身)と四女一男の7人家族」と書かれていますね。

年齢は43歳です。八重山日報が2026年9月9日に掲載した候補者夫人インタビューに「妻、亜希子さん(43)」とあります。古謝さんが42歳なので、1歳年上ということになりますね。

2人の関係は大学時代にさかのぼります。古謝さんは2026年7月22日、自身のXにこう投稿しました。「大学時代から約20年間、いつも1番近くで私の歩みを見守り、支え続けてくれた妻がいたからこそ、今こうして挑戦することができています」。

古謝さんは2002年ごろに東京大学へ進学していますから、出会いは東京での学生時代と考えるのが自然でしょう。鳥取出身の亜希子さんも、東京で学生生活を送っていたのかもしれません。

八重山日報のインタビューによると、古謝さんは大学時代から「沖縄県知事になりたい」と語っていたそうです。亜希子さんはその言葉を約20年そばで聞いてきた人なんですよね。

「本当にぶれずに、ずっと歩んできている」。妻から見た夫の評価は、この一言に集約されています。

古謝さんが知事を目指したきっかけも、亜希子さんは把握しています。沖縄に帰りたいと思いながら県外に就職していく友人たちを見て、「沖縄に帰って、みんなが力を発揮できる場所をつくりたい」と考えたのが原点だったそうです。学生時代の夫の話を、そのまま覚えている人なんですね。

国家公務員時代も民間時代も、思うようにいかないことはあったといいます。それでも「沖縄を、帰りたい人が帰って挑戦できる場所にしたい」という思いは変わらなかった、というのが妻の証言です。

妻の方が演説がうまいと言われる理由

2026年の県知事選で、亜希子さんは裏方にとどまりませんでした。街頭やイベントで自らマイクを握り、支援者の間で話題になったんです。

RBC琉球放送が9月2日に配信した「候補者の横顔」で、古謝さんはこう話しています。「妻の方が演説がうまいってよく言われます。(参院選に出馬した)4年前からです」。

つまり2022年の参院選のときから、亜希子さんはすでに演説に立っていたわけですね。知事選が初めてではないんです。

7月22日の投稿は、弁士を集めた集会に夫婦で参加したときのものでした。Xでは支援者が「奥さんのスピーチです」と動画を添えて拡散し、「懸命な後ろ姿を五人の子ども達は見ています」といった感想も投稿されています。

投稿の中で古謝さんは「沖縄県民の暮らしを心から願い、それぞれの立場で日々活動されている弁士の皆様から多くの力強い言葉をいただきました」とも書いています。妻への感謝を公の場で言葉にする政治家は、案外少ないものです。

同じRBCの取材に対して、亜希子さん自身は選挙への葛藤も語りました。「当時、上の子たちは高校生とか中学生。思春期の難しい時期で、母親としてはすごく葛藤する部分があったんですけれども、今回新たな挑戦を、私はもちろん、子どもたちも一丸となって挑む決心をいたしました」。

夫を「どんな旦那さん?」と聞かれた答えは「有言実行の人です。プライベートでも約束できないことはしないので、彼ができると言ったらできるんだと思います」。演説がうまいと言われるのは、こうした言葉の選び方にも表れている気がします。

候補者の妻がここまで前に出る選挙は、沖縄でも多くありません。八重山日報と沖縄タイムスは9月9日と10日に、古謝さんと玉城デニーさんの妻を並べてインタビューする企画を組みました。妻の言葉が候補者を語る材料として扱われたのは、亜希子さんの発信力があってこそでしょう。

ちなみに玉城さんの妻・智恵子さんは結婚約30年で、夫を「本当に不思議な人」と笑って評していました。結婚約20年の亜希子さんが「ぶれない人」と語ったのと並べると、2組の夫婦の距離感の違いが見えて面白いですよね。

5人の子供の年齢と構成は四女一男の7人家族

古謝さん夫婦には5人の子供がいます。女の子が4人、男の子が1人の7人家族なんです。

子供の年齢は、沖縄の子育てメディア「ママモネ」が2026年9月10日に公開した亜希子さんのインタビューに詳しく出ています。

続柄 年齢(2026年9月時点) 学年・状況
長女 18歳 県外の大学に在学
次女 16歳 高校2年生
三女 14歳 中学2年生
長男 9歳 小学4年生
四女 3歳 2023年生まれ

亜希子さんは「上は県外の大学に通う18歳の長女から3歳の四女まで、今はちょうど全世代が揃っているような状態」と話していますね。

2022年の参院選で古謝さんは第一声で「私は中学生から5歳まで、4人の子育て真っただ中」と語っていました。その後に四女が生まれ、5人になったわけです。

四女が生まれた2023年、古謝さんは那覇市副市長として初めて産後パパ育休を取得しました。公式サイトのプロフィールにも書かれている事実で、副市長という立場でこの制度を使ったのは珍しいケースでしょう。

産後パパ育休は2022年10月に始まった制度で、子供の出生後8週間以内に最大4週間まで、2回に分けて取れる仕組みです。制度が動き出して間もない時期に、市の特別職が自ら使った形になります。

5人目の子育てが、2022年の参院選落選と副市長就任、そして知事選への準備と重なっていたことになります。亜希子さんが「思春期の子どもがいて葛藤があった」と語った背景には、3歳の末っ子を抱えた生活もあったのでしょう。

子供の名前や顔は公表されていません。インタビューに家族写真が添えられることはあっても、個人が特定される情報は出していないんですね。

5人の子育ての一日は、朝5時起きで洗濯機を2〜3回回すところから始まるそうです。高校生の弁当を作り、6時半過ぎにバス通学の上の子たちを送り出し、日中は小学生と3歳児の送迎。週3回は部活をする長男と一緒に20分ジョギングもしているのだとか。

亜希子さんは走るのが苦手だそうですが、長男が「ママも一緒にやれば頑張れる」と言うので、励まし合いながら走っているといいます。夫のマラソン完走の話とつながる、いかにも古謝家らしいエピソードですよね。

思春期の子供とのコミュニケーションにも工夫があります。「実は『送迎の車内』が最高の密室空間なんです」と亜希子さん。横並びで顔を突き合わせずに話せるので、子供がぽろっと本音を話してくれるのだとか。沖縄の車社会と送迎文化を、大変さではなく親子の時間として捉え直しているわけです。

家族で決めた4年前の沖縄移住と長女の高校受験

古謝家にとって最大の決断は、2022年ごろの沖縄移住でした。亜希子さんはママモネの取材で、これを人生で「一番大きな選択」と呼んでいます。

当時、家族は神奈川県に住んでいました。長女はちょうど中学3年生の夏で、神奈川での高校受験に向けて動いていた時期です。そこへ古謝さんから「沖縄に拠点を移したい」と相談されたのだとか。

「我が家は『基本的に家族は一緒にいる』という方針でしたが、子どもたちにはそれぞれの人生があります」と亜希子さん。何度も家族会議を重ねて子供たちの気持ちを聞いたところ、「パパを応援したい、一緒に沖縄へ行く!」という答えが返ってきたそうです。

長女は急いで沖縄の高校を調べ、私立高校を受験。神奈川の中学の卒業式と沖縄での入学を、どちらも無事に迎えたのだとか。

この移住は、2022年7月の参院選出馬と重なる時期です。総務省時代から転勤族だった古謝家は、長崎や東京、神奈川と各地で子育てをしてきました。亜希子さんのモットーは「置かれた場所で咲く」。知らない土地でも支援センターや学校のボランティア、PTAに参加して、自分から地域とのつながりを作ってきたそうです。

沖縄に来てからは、子供の送迎が重なって困っていたとき、部活の保護者が「うちの子と一緒に乗せていくから大丈夫だよ」と声をかけてくれたことも。沖縄の「ゆいまーる」に何度も助けられたと語っているんです。

転勤族になったばかりのころは、知り合いも土地勘もない場所で「ひとりで頑張って育てなきゃ」と抱え込んでいたそうです。沖縄では街全体が子供を見守ってくれる雰囲気を感じ、自分も周りに頼れるようになったと振り返っています。

一方で、沖縄独特の車社会と送迎文化には最初「本当に驚いた」とのこと。5人の習い事や部活、塾の時間が重なる夕方は「どうやって体を分身させようか」と頭を抱える日常なのだとか。

妻が語る夫の人柄は有言実行と月1回の家族アルバム

亜希子さんが語る古謝さんの素顔は、政策よりも生活の中の習慣に表れています。

八重山日報によると、夫の特徴は「どっしりしているところ」。感情を大きく表に出さず、誰に対しても態度を変えない。「裏表が全くない」ことも強みだといいます。

「やると決めたことは絶対やる」性格で、月に1度作る家族アルバムは10年以上続いているそうです。5人の子供の成長を、毎月1冊ずつ残してきた計算になりますね。

那覇市副市長時代には、NAHAマラソン完走を目標に毎月100キロを走ったのだとか。公式サイトによると2023年と2025年に完走していて、選挙戦でも「NAHAマラソンも走れる体力がございます」と語っていました。

知事になったあとについて、亜希子さんは「支えてくれる人への感謝を忘れず、『志は高く、腰は低く』を貫いてほしい」と願っています。この言葉は、古謝さんが総務省に入ったときに採用担当者から言われたもので、本人も座右の銘にしているものです。

ママモネの取材では「夫は昔から『妻や子どもたち、そして沖縄に住むすべての人が自分の可能性を信じて挑戦できる舞台を整えたい』という強い想いを持って行動する人です」とも話していました。政治家の妻というより、20年来の同志という言い方が近いのかもしれません。

同じ取材の最後には、沖縄のママたちへ向けた言葉も残しています。「自分のことは後回しになりがちですが、私たちは本当に毎日頑張っていますよね」「一人で抱え込まずに、周りと手を取り合いながら、一度きりの人生や子育ての時間を楽しんでいきましょう」。

政治の話は最後まで出てきません。5人の母として同じ立場の人に語りかける姿勢が、この人の演説が響く理由なのだと思います。

結婚の時期や馴れ初めで分かっていないこと

妻の名前や出身、子供の人数は本人か妻の発言、または報道で確かめられます。一方で、公表されていないこともあるんです。

まず、結婚した年月は明かされていません。長女が18歳ということは、生まれたのは2007年から2008年ごろ。古謝さんが東京大学を出て総務省に入る前後にあたります。

ここから「学生時代の授かり婚だった」と書くブログがありますが、本人や妻がそう語った記録は見つかりませんでした。年齢の逆算だけで結婚の経緯を決めつけるのは、飛躍が過ぎるでしょう。

亜希子さんの職業や学歴も公表されていません。転勤族として各地で子育てをしてきたことから、家庭に軸足を置いてきたことはうかがえますが、それ以上は分かりません。

鳥取県のどこの出身か、実家がどんな家なのかも語られていません。古謝さんの公式サイトでさえ「妻(鳥取県出身)」という一言だけです。家族の情報は、妻が自分の言葉で語った範囲にとどめているのが古謝家の流儀なのでしょう。

妻の顔写真については、選挙戦の報道や本人が応じたインタビューに掲載されています。ただし、子供たちの顔や名前は本人たちも出していないため、この記事でも扱いません。

知事の妻に公的な役職はありません。国や県の制度に「知事夫人」という肩書はなく、公務に同行する義務も報酬もないんです。今後、亜希子さんが表に出るかどうかは、あくまで本人と家族の判断になります。

選挙期間中はSNSで候補者への誹謗中傷や偽情報が飛び交い、生成AIによる偽動画まで確認されたとNHKが報じています。家族に関する話も、報道や本人の発言まで出どころをたどって読むことが、これまで以上に大事になっていますね。

項目 確かめられること 出どころ
妻の名前 古謝亜希子さん RBC・八重山日報・沖縄タイムス・ママモネ
妻の出身 鳥取県 古謝さんの公式サイト
妻の年齢 43歳 八重山日報(2026年9月9日)
関係の始まり 大学時代から約20年 古謝さんのX(2026年7月22日)
結婚の時期 公表されていない なし
授かり婚 本人・妻の発言や報道は見当たらない 個人ブログのみ

古謝玄太の経歴と沖縄県知事選での初当選

那覇市首里石嶺町で生まれ、東京大学から総務省へ。復興庁での挫折、2022年の参院選での惜敗を経て、2026年9月13日の県知事選で初当選を確実にした人です。

42歳での当選は沖縄県政史上最年少で、1972年の本土復帰後に生まれた初めての知事になるんです。

プロフィールと歩みの年表

古謝玄太さんは1983年10月23日、那覇市首里石嶺町の生まれです。父は宮古島出身で、祖父母は宮古島で「古謝そば」を営んでいました。母は広島県出身です。

公式サイトによると、好きな食べ物は沖縄そばとオムライス、ポークたまご、甘いもの。好きなアーティストはHY、BEGIN、そして「中学の大先輩」だという安室奈美恵さんです。血液型は「割ときれいずきなO型」、チャームポイントは「子犬のような笑顔」と、プロフィール欄はかなり砕けていますよね。

MBTIは「ENTJ(指揮官)」と書かれています。好きな場所は路地裏散歩とビーチでまったり。選挙戦の昼食はスタッフと4人でそば店や牛丼店に入ることが多かったと、RBCの密着で明かしていました。

時期 できごと
1983年10月23日 那覇市首里石嶺町で生まれる
高校時代 昭和薬科大学附属高校で野球部に所属
大学時代 東京大学理科2類に進学、東京大学沖縄県人会を設立し初代会長に
2008年 総務省に入省
2014〜2018年 長崎県庁に出向、文化振興課長や財政課長を務める
2020年4月 NTTデータ経営研究所に転職
2022年7月 参院選沖縄選挙区に自民公認で出馬、2800票余りの差で落選
2022年12月 那覇市副市長に就任
2023年 副市長として初めて産後パパ育休を取得
2026年1月11日 自民県連の候補者選考委員会で知事選の最終候補者に選出
2026年2月6日 那覇市副市長を退任
2026年9月13日 沖縄県知事選で初当選確実

東大から総務省へ 復興庁での挫折と長崎県での経験

浦添市の昭和薬科大学附属高校では野球部に所属していました。県内有数の進学校から東京大学理科2類へ進み、在学中に東京大学沖縄県人会を立ち上げて初代会長を務めたのだとか。

薬剤師の資格も持っていて、現在は沖縄県薬剤師会の副会長です。琉球新報は2022年の紹介記事で「東京大卒。薬剤師」と書いています。

実家との縁で言えば、父の実家である宮古島の「古謝そば」は、地元で長く親しまれてきた沖縄そばの店です。公式サイトで好きな食べ物の筆頭に沖縄そばを挙げているのは、その血筋もあるのでしょう。

県人会での経験が、政治を志す原点になりました。公式サイトには「『いつか沖縄に帰って恩返しがしたい』そう語る若者たちが、働く場所や挑戦できる環境がないために帰郷を諦めていく姿を、私は何度も見てきました」とあります。

2008年に総務省へ入省。内閣官房副長官補付、復興庁参事官補佐などを歴任し、2014年から2018年は長崎県庁に出向して文化振興課長や財政課長を務めましたね。

順調に見えるキャリアですが、本人はRBCの取材で挫折を語っています。復興庁で東日本大震災の復興に携わっていたとき、「なかなか誰のためにこの仕事をしてんだろうな、みたいに陥ったこともあって」と。上司や各省庁との板挟みに加え、現地の熱も高くない事業だったそうです。

「ポジティブに言えば、人生を変えるきっかけにもなった」。総務省を離れ、2020年4月にNTTデータ経営研究所へ転職。沖縄県内の企業と連携したスタートアップ支援や人材育成に取り組んだんです。

エリートと見られることで「上から目線」と突っ込まれることもあると認めたうえで、「志は高く、腰は低く」を意識していると話しています。妻の亜希子さんが知事になった夫に貫いてほしいと願ったのも、同じ言葉でした。

2022年参院選の惜敗と那覇市副市長としての実績

政治への初挑戦は2022年7月の参院選でした。自民党公認、公明党推薦で沖縄選挙区から出馬し、「オール沖縄」が支援する現職の伊波洋一さんと事実上の一騎打ちに。

結果は2800票余りの差で落選。琉球新報が伝えた当時の語録には「知名度ゼロ。伸びしろMAX!」というユーチューブ広告の言葉や、「細い手すりのない橋の1本道を全力で走っている」という選挙戦の手応えが残っています。

落選から5か月後の2022年12月、知念覚那覇市長のもとで那覇市副市長に就任しました。中小企業のDX支援や教育・子育て施策など、市政の実務を担ってきたんですね。

公式サイトでは副市長時代を「経済の活性化、福祉の充実、そして子供たちの未来を創る教育。政策の責任者として、多岐にわたる現場で市民の皆さまと共に汗をかき、一つひとつ課題を形に変えてきました」と振り返っています。人口31万人の県都で3年余り、行政の現場に立った経験が知事選の土台になりました。

2023年には四女の誕生に合わせ、副市長として初の産後パパ育休を取得。子育て支援を訴える政治家として、自分で制度を使ってみせた形でしょう。

2026年1月11日、自民県連の候補者選考委員会で知事選の最終候補者に選ばれ、2月6日に副市長を退任。公式サイトでは「31万人の暮らしの最前線から、次のステージへ」と表現しています。

副市長時代に毎月100キロ走ってNAHAマラソンを完走したという話は、妻のインタビューにも本人の公式サイトにも出てきます。決めたことをやり切る性格が、公私ともに一貫していますね。

2026年9月13日の県知事選で史上最年少の初当選

第15回沖縄県知事選は2026年9月13日に投開票され、古謝さんは午後8時ごろに当選確実となりました。那覇市久米の中小企業振興会館で、支持者とバンザイ三唱をしています。

項目 内容
投開票日 2026年9月13日
立場 無所属新人
推薦 自民、維新、国民民主、参政、保守、公明県本部の6党
主な対立候補 現職の玉城デニーさん(66・3期目を目指す)
結果 初当選確実。県政史上最年少、本土復帰後生まれで初の知事
任期 2026年9月30日から4年間

沖縄タイムスによると、自民側にとっては12年ぶりの県政奪還で、全県選挙での勝利は約16年ぶり。故・翁長雄志さんの当選以来、3期12年続いた「オール沖縄」県政は終わったんです。

古謝さんは米軍普天間飛行場の辺野古移設を容認する立場。2014年の埋め立て着手以降、現行計画を容認して知事選に当選したのは初めてになります。

選挙戦では県民所得の倍増や子育て支援を前面に出し、「右でも左でもなく沖縄を前に進める」と訴えました。告示直前に下地幹郎さんが立候補を取りやめたことで、保守票が一本化されたのも追い風でしたね。

告示翌日からは「全島遊説」と銘打って本島の26市町村を縦断。趣味のジョギングで培った体力で走り回る一方、「喉が怖いですね」と声枯れを心配していたのがRBCの密着に残っています。

沖縄タイムスなど報道7社の出口調査では、辺野古移設に賛成が反対を上回りました。争点が基地から経済と暮らしへ移ったことが、42歳の新人を押し上げた形です。

投票率も前回を上回るペースで推移し、期日前投票は34万人に達したと日本経済新聞が伝えています。過去最多の6人が立候補した選挙でしたが、実質は古謝さんと玉城さんの一騎打ちだったんですよね。

当選を受けて古謝さんは「責任の重さを感じている」「県民に寄り添う県政に」と語りました。妻の亜希子さんが「子どもたちも一丸となって挑む」と決めた選挙は、家族ぐるみの勝利で終わったわけです。

新しい任期は9月30日から4年間。古謝さんは普天間飛行場の返還期日を明示するよう求めていて、日米両政府がどう応じるかが最初の焦点になります。県民所得の倍増という公約も、就任後すぐに数字で問われるでしょう。

まとめ

  • 古謝玄太さんの妻は鳥取県出身の亜希子さん(43歳)。大学時代から約20年間、夫を支えてきた
  • 選挙戦では「妻の方が演説がうまい」と言われ、2022年の参院選から街頭に立っている
  • 子供は四女一男の5人で、18歳から3歳まで。2023年の四女誕生時には副市長として産後パパ育休を取得
  • 2022年ごろに神奈川から沖縄へ家族で移住。長女は中3の夏に急きょ沖縄の私立高校を受験した
  • 結婚の時期や馴れ初めは非公表で、「授かり婚」という話に根拠はない
  • 2026年9月13日の県知事選で初当選確実。42歳で県政史上最年少、本土復帰後生まれ初の知事

「有言実行の人」と妻が言い切る夫と、「置かれた場所で咲く」を貫いてきた妻。7人家族の生活は、9月30日から知事公舎のある県政の中心へ移っていきます。

よくある質問

Q1. 古謝玄太さんの妻はどんな人ですか。

鳥取県出身の古謝亜希子さんで、43歳です。大学時代から約20年間、古謝さんのそばで支えてきました。5人の子供の母で、選挙戦では自ら演説に立ち、夫から「妻の方が演説がうまいと言われる」と紹介されています。

Q2. 子供は何人いますか。

5人です。長女18歳、次女16歳、三女14歳、長男9歳、四女3歳の四女一男で、2026年9月時点の年齢です。長女は県外の大学に通っています。名前や顔は公表されていません。

Q3. 結婚したのはいつですか。

公表されていません。長女の年齢から逆算すると、古謝さんが東京大学を出て総務省に入る前後に第1子が生まれたことになります。「授かり婚」と書くブログもありますが、本人や妻の発言、報道では確認できませんでした。

Q4. 妻の亜希子さんは選挙でどんな役割でしたか。

街頭やイベントで演説に立ち、支援者の間で「奥さんのスピーチ」が話題になりました。RBCの取材には「思春期の子どもがいて葛藤があったが、子どもたちも一丸となって挑む決心をした」と語っています。

Q5. 古謝玄太さんはどんな経歴ですか。

1983年那覇市生まれ。昭和薬科大学附属高校から東京大学に進み、2008年に総務省へ入省しました。長崎県庁、NTTデータ経営研究所を経て、2022年の参院選に落選後、那覇市副市長を務め、2026年9月13日の沖縄県知事選で初当選を確実にしました。

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