岩田絵里奈さんのアイドル時代は、「岡崎歩美(おかざき あゆみ)」という芸名での活動でした。中学生のころからスターダストプロモーションに所属し、大学に入るまでステージで歌ったりCMに出たりしていたんです。
きっかけは、中学時代に着メロをダウンロードしすぎて届いた高額請求。2026年5月と9月の番組で、本人がその経緯を初めて詳しく語りました。
- 芸名「岡崎歩美」での活動内容と、ユニット「mignon」のメンバー
- 親に「働いて返しなさい」と言われた、芸能活動を始めた意外な理由
- 乃木坂46説の真相と、慶應から日テレ、フリー転身までの歩み
| 名前 | 岩田 絵里奈(いわた えりな) |
| アイドル時代の芸名 | 岡崎 歩美(おかざき あゆみ) |
| 生年月日 | 1995年8月30日(31歳) |
| 出身 | 東京都(幼少期は横浜市) |
| 学歴 | 渋谷教育学園渋谷中学高等学校、慶應義塾大学文学部教育学専攻 |
| 芸能活動 | 2010年ごろ〜大学入学まで(スターダストプロモーション) |
| 参加ユニット | mignon(ミニョン) |
| アナウンサー | 2018年に日本テレビ入社、2026年3月末に退社 |
| 現在 | フリーアナウンサー(テイクオフ所属) |
| 身長・血液型 | 164cm・A型 |
1995年8月30日生
着メロのダウンロードで高額請求。親に「働いて返しなさい」と言われる
スターダストプロモーションに所属。学業優先で土日に仕事
3B juniorのライブで秋本帆華さん・夏緒さんと歌とダンスを披露
借金の返済を終え、慶應義塾大学へ
アナウンサーとして本名で再出発
テイクオフ所属。5月・9月の番組でアイドル時代を告白
岩田絵里奈のアイドル時代について分かっていること
芸名は「岡崎歩美」。中学2年の夏の高額請求をきっかけに芸能事務所へ所属し、学業優先で土日に活動しましたね。
2011年にはスターダストのライブにユニット「mignon」で出演しています。乃木坂46にいたという話は誤りです。
芸名は岡崎歩美 本人が番組で明かした
岩田絵里奈さんのアイドル時代の芸名は「岡崎歩美」なんです。
このことを本人がはっきり語ったのは、日本テレビを退社して4月にフリーになった直後のことでした。日刊スポーツによると、5月2日放送のTBS系「人生最高レストラン」で中学時代の芸名を明かし、芸能活動を始めた理由を話しています。
「岡崎歩美」という芸名で、ステージでオリジナルソングを歌ったり、CMや広告に出たりしていたそうです。アイドル的な活動をしていたことが、本人の口から語られたわけですね。
ネット上では以前から「日テレの岩田アナは元アイドルの岡崎歩美」とうわさされていました。手がかりになっていたのは、同じ事務所にいた秋本帆華さんの経歴です。
秋本さんが2013年に音楽ナタリーのインタビューで語った内容をもとに、ウィキペディアの秋本さんの項目には「岡崎歩美(本名は岩田絵里奈)」と記されていました。それが本人の告白で、はっきりと裏付けられたことになります。
5月の放送後、ネット上では「岡崎歩美って岩田アナだったの?」と驚く声が相次ぎました。長年うわさとして語られてきたことが、本人の言葉で事実になった瞬間でした。アイドル時代を知るファンにとっても、感慨深い出来事だったでしょう。
芸名の「岡崎歩美」の由来については、本人は語っていません。本名の「岩田絵里奈」とはまったく違う名前を名乗っていたことが、長いあいだ同一人物だと気づかれにくかった理由の一つでしょう。
アナウンサー時代は本名で活動していて、この過去にはほとんど触れてきませんでした。フリーになって発信の幅が広がったことで、ようやく話せるようになったのかもしれませんね。
芸能活動を始めた理由は着メロの高額請求
アイドルを目指していたわけではありません。きっかけは、なんとも意外な出来事でした。
中学2年の夏休み、携帯電話の料金が定額のパケット使い放題ではなかったにもかかわらず、暇を持て余して着メロをダウンロードし続けたそうです。「Aメロ、Bメロ、Cメロ、サビとか全部細かく一生ダウンロードしてたら、とんでもない金額来たんですよ」。
「何十万単位?」と聞かれると「それぐらい結構来たんですよ」と答え、親がブチギレたと振り返っています。両親からは「働いて返しなさい。全部、自分の責任で1円もこっちは貸しません」と言われたのだとか。
番組では、MCから請求額を聞かれた岩田さんが具体的な数字をはっきりとは口にせず、それでもスタジオがどよめく場面がありました。「何十万単位」という問いを否定しなかったことから、中学生にとってはとても払えない金額だったことがわかります。
9月8日深夜のTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」では、さらに詳しく語りました。スポニチによると、7月分の請求で怒られたあと、8月は「気持ち緩めに」ダウンロードしたつもりが、丸1カ月休みだったぶん結果的に前月を超えてしまったそうです。
番組の相手は、元テレビ東京で同じくフリーアナウンサーの松丸友紀さん。請求額を耳打ちされた松丸さんが「えっ…学生で」と絶句したとスポニチは伝えています。
両親の怒りはすさまじく、携帯もテレビのリモコンも取り上げられ、親がリモコンをカバンに入れて出かけたり、胸元に置いて寝たりするほどだったと苦笑しているんです。
そこで、以前から声をかけられていた芸能事務所に所属することにしたといいます。日刊スポーツの記事では「渋谷の学校だったんで。一応スカウトみたいなの、昔…」と話していて、通っていた渋谷教育学園渋谷の周辺でスカウトされていたことがうかがえます。
父は外科医という家庭です。お金に困っていたわけではないはずですが、それでも「1円も貸しません」と突き放したところに、両親の教育方針が表れている気がします。中学生に自分で稼いで返させるという判断は、なかなかできるものではありません。
当時は「パケ放題」に入っていないと、着メロ1曲のダウンロードでも通信料がかさむ時代でした。2009年前後の中学生にとって、着メロは今の音楽配信のような感覚だったんですよね。
活動内容は学業優先で土日だけ
中学生が芸能事務所に所属して働く場合、労働基準法によって働ける時間や時間帯が制限されています。学校のある平日を避け、休日を中心に仕事を入れるのは、子役やジュニアアイドルではごく一般的な働き方です。
アイドルとしての活動は、本人いわく「いわゆるちゃんと芸能活動やっていましたっていう感じとも違う」ものでした。
ステージに立つことも、CMの撮影も、すべては「借金を返すため」。動機がはっきりしていたからこそ、目的を果たしたあとに未練なく芸能活動を終えられたのでしょう。
スポニチによると、返済が終わるまでは学業を優先し、土日に働いて返したそうです。平日は学校、週末はステージや撮影という生活だったのでしょう。
内容は、ステージでのオリジナルソングの歌唱、CMや広告への出演など。ウィキペディアでは、2010年からスターダストプロモーションに所属し「岡崎歩美」の名義でタレント・俳優として活動したと紹介されています。
本人は「難しい世界でもありますし、私の一番の志は親への借金を返すっていうきっかけだったんですよ」と話しています。アイドルとして売れたいという気持ちより、返済が目的だったわけですね。
| 項目 | 内容 | 出どころ |
| 芸名 | 岡崎歩美 | 本人(人生最高レストラン、2026年5月2日放送) |
| 所属 | スターダストプロモーション | Wikipedia(日刊スポーツを出典) |
| 活動内容 | ステージでオリジナル曲の歌唱、CM・広告出演 | 本人(同上) |
| 活動ペース | 学業優先で土日 | 本人(TOKYO SPEAKEASY、2026年9月8日放送) |
| 活動期間 | 中学生〜大学入学前 | 本人(人生最高レストラン) |
| ユニット | mignon | 秋本帆華さんのインタビュー(音楽ナタリー) |
ユニットmignonと3B juniorのステージ
アイドル時代の具体的なステージとして記録に残っているのが、ユニット「mignon(ミニョン)」です。
2011年1月10日、東京・なかのZERO小ホールで開かれた「3B junior 2011 New Year LIVE」。スターダストの若手が集まったこのライブに、mignonは出演しました。同じ日には、ももいろクローバーや私立恵比寿中学も出ているんです。
当時のももクロは、まだ「Z」がつく前の「ももいろクローバー」。メジャーデビューから1年足らずで、紅白出場も果たしていない時期でした。そうしたグループと同じライブに、中学3年生の岡崎さんも立っていたことになります。
メンバーは岡崎歩美さん、秋本帆華さん、夏緒さんの3人でした。秋本さんは音楽ナタリーの2013年のインタビューで、このときに初めて歌とダンスを披露したと振り返っています。
ステージで歌とダンスを披露したのは、秋本さんにとってもこのmignonが初めてだったそうです。中学生の3人が、同じ事務所の先輩たちと同じ舞台に立つ。緊張とわくわくが入り混じった一日だったことでしょう。
秋本さんは当時のブログで、2人について「面白くて優しくて最高のメンバーでした」とつづっていたそうです。秋本さんはその後、名古屋を拠点とするチームしゃちほこ(現TEAM SHACHI)のメンバーとして活躍しましたね。
3B juniorは、スターダストプロモーションの若手女性タレントによるプロジェクトです。ももクロや私立恵比寿中学の後に続く人材の育成の場でもありました。岡崎歩美さんも、その一員として名を連ねていたことになります。
mignonがその後も継続して活動したのか、この1回のライブだけのユニットだったのかは、記録からははっきりしません。3B juniorはメンバーの入れ替わりが多いプロジェクトで、ライブごとにユニットが組まれることも珍しくなかったようです。
ネット上には、ほかにも同じ事務所の大政絢さんや岡本杏理さんらとのグループ「OA」に入っていたという話がありますが、公式な記録や本人の発言では確認できませんでした。確かなのはmignonのステージなんです。
岡崎歩美時代の画像や出演作は
「岡崎歩美時代の写真を見てみたい」という人も多いでしょう。ただ、当時の画像を公式に確認できる場所は、今はほとんど残っていません。
スターダストプロモーションの公式サイトには、すでに岡崎歩美名義のプロフィールはありません。活動を終えてから10年以上がたち、所属タレントの一覧から外れているためなんです。
2011年8月には写真集「3B junior BOOK 2011 Summer」が出ていて、ウィキペディアの3B juniorの項目には岡崎歩美の名前が載っています。ただ、この本に岡崎さんの写真がどれだけ掲載されているのかは確かめられませんでした。
出演したCMや広告の具体的な作品名も、本人は番組で明かしていません。ネット上には「この広告に出ていた」とする書き込みもありますが、出典のはっきりしないものがほとんどです。
アナウンサーになってからの岩田さんの写真と見比べたいという声も多いのですが、確かな出典のある当時の写真が見当たらない以上、無理に探すより、本人が番組で語った言葉からその姿を想像するほうがよさそうです。当時を知るファンの記憶の中に、岡崎歩美は今も生きているのでしょう。
秋本帆華さんの当時のブログや、3B juniorのライブ告知など、ファンの間で語り継がれてきた記録はあります。ただ、本人がアナウンサーとして活動していた間は、そうした過去を掘り起こすこと自体に慎重な見方もありました。
本人がテレビやラジオで当時を語るようになったのは2026年になってから。今後、番組で当時の写真が紹介される日が来るかもしれませんね。
そもそも本人は当時の活動を「いわゆるちゃんと芸能活動やっていましたっていう感じとも違う」と表現しています。表舞台の華やかさより、返済のために週末を使って働いた日々だったというのが実像なんです。
乃木坂46にいたという噂は誤り
「岩田絵里奈 乃木坂」と気になる人もいるようですが、結論から言うと、岩田さんが乃木坂46に所属していたことはありません。
ネット上には「学生時代に乃木坂46のメンバーとして活動」と書いた記事まで残っていますが、これは完全な誤りです。乃木坂46の歴代メンバーの一覧に、岩田絵里奈の名前も岡崎歩美の名前もありません。
誤解の理由として考えられるのは二つです。一つは、日本テレビの同期アナウンサーに元乃木坂46の市來玲奈さんがいること。もう一つは、乃木坂46の元メンバー生田絵梨花さんと下の名前の響きが似ていることなんです。
市來玲奈さんは乃木坂46の1期生で、2014年にグループを卒業。早稲田大学を経て2018年に日本テレビへ入社しました。同じ年に入社した「元アイドル」の2人が、片や乃木坂46、片やスターダストの岡崎歩美だったというのは、偶然にしてもできすぎた話ですよね。
さらに「元アイドル」という過去が重なり、いつの間にか「元乃木坂」という話にすり替わってしまったのでしょう。岩田さんが所属していたのはスターダストプロモーションで、乃木坂46の運営とはまったく別の事務所です。
なお、岩田さんがアナウンサーになる前に「芸能活動をしていた」こと自体は、本人の公式なプロフィールにも書かれていません。アナウンサーとしての経歴は2018年の日テレ入社から始まっていて、岡崎歩美の時代は、本人にとって中学から高校にかけての「返済のための仕事」という位置づけなのかもしれません。
ちなみに、日テレの同期は市來玲奈さんのほか、篠原光さん、弘竜太郎さんの4人でした。元アイドルが2人いる珍しい同期だったわけですね。
大学入学でやめた理由と今に生きる経験
2010年ごろから大学入学の2014年ごろまで、活動期間は4年ほどになります。高額請求の返済が目的だったとはいえ、中学生から高校生にかけての貴重な時間を、週末の仕事に充てていたわけです。
芸能活動は、大学に入るころには終えていました。「そのまま行こうとは思わなかったの?」と聞かれた岩田さんは、「まずは目の前にある借金を返すっていうことが一個だったので」と答えています。
もともとの目標は返済でしたから、それを果たした時点で役目を終えたということでしょう。父は外科医で、岩田さん自身も幼いころは医師を目指していたといいます。高校3年で文系に進路を変え、慶應義塾大学文学部に進みましたね。
スポニチによると、本人はこの経験で「お金の大切さを学びました」と話し、「ある意味子供ながらに緊張する舞台というか、いろんな大人と接したりっていう経験が、今の自分のアナウンサーっていう仕事の中で生かされているかなっていう感覚はあります」と振り返っています。
アナウンサーの仕事は、カメラの前で緊張せず、初対面の大人とも自然に話せることが求められます。中学生のころから撮影の現場や舞台で大人と接してきた経験は、確かに強みになったことでしょう。
中学生で大人に交じって仕事をし、ステージに立つ。その緊張感が、のちに生放送でベテランの司会者と並ぶアナウンサーの仕事につながったというのは、なんとも面白い巡り合わせですよね。
アイドル時代を語った主な番組:TBS系「人生最高レストラン」(2026年5月2日放送)、TOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」(2026年9月8日深夜放送)。出典:日刊スポーツ(2026年5月3日)、スポニチアネックス(2026年9月9日)
岩田絵里奈の経歴と現在
慶應義塾大学を出て2018年に日本テレビへ入社し、「スッキリ」や「世界まる見え!テレビ特捜部」などを担当。好きな女性アナウンサーランキングでは6年連続トップ10入りしました。
2026年3月末に日テレを退社し、4月からフリーに。10月13日には「徹子の部屋」に初出演しますね。
学歴とプロフィールの年表
中学から通った渋谷教育学園渋谷は、東京・渋谷にある中高一貫の共学校で、難関大学への進学実績で知られる進学校です。芸能活動をしながら、この学校で学業も両立していたことになります。
岩田さんは1995年8月30日、東京都生まれ。幼少期は神奈川県横浜市で過ごしました。3姉妹の次女で、名前の由来は父が好きなサザンオールスターズの「いとしのエリー」だといわれています。
| 時期 | できごと |
| 1995年8月30日 | 東京都に生まれる |
| 2008年ごろ | 渋谷教育学園渋谷中学校に入学 |
| 2009年夏 | 着メロの高額請求で親が激怒 |
| 2010年 | スターダストプロモーションに所属、「岡崎歩美」として活動 |
| 2011年1月10日 | mignonとして3B juniorのライブに出演 |
| 2014年ごろ | 慶應義塾大学文学部に進学、芸能活動を終える |
| 2018年 | 日本テレビにアナウンサーとして入社 |
| 2021〜2023年 | 「スッキリ」司会 |
| 2026年3月末 | 日本テレビを退社 |
| 2026年4月 | フリーに転身、テイクオフ所属 |
| 2026年5月2日 | 「人生最高レストラン」でアイドル時代の芸名を明かす |
| 2026年10月13日 | 「徹子の部屋」初出演 |
幼いころは父と同じ医師を目指していたといいます。医学部ではなく文学部の教育学専攻に進んだのは、高校3年で文系に進路を変えたからでした。アナウンサーになったのも、本人いわく最初から目指していたわけではなく、先輩に勧められて受けたのがきっかけです。
所属事務所テイクオフの公式プロフィールによると、身長は164cm、血液型はA型。部活はバドミントン部で、趣味はカードマジック、特技はものまねです。好きなものはサウナと美容と散歩、苦手なものは辛いものとパクチーと絶叫系とありますね。
日テレ時代の活躍と退社
2018年に日本テレビへ入社。同期は市來玲奈さん、篠原光さん、弘竜太郎さんです。
入社1年目からビートたけしさんと所ジョージさんの「世界まる見え!テレビ特捜部」を担当し、2021年からは加藤浩次さんと朝の生番組「スッキリ」の司会を務めました。「沸騰ワード10」「シューイチ」「Oha!4 NEWS LIVE」など、看板番組を次々と任されています。
入社前に芸能活動の経験があるアナウンサーは珍しくありません。それでも、そのことを長く伏せたまま、局の看板アナウンサーにまで上り詰めたのは、本人の実力があってこそでしょう。
オリコンの「好きな女性アナウンサーランキング」では、2020年に8位で初登場し、退社まで6年連続でトップ10入りしましたね。
「人生最高レストラン」でアイドル時代について質問したのも、くしくも加藤浩次さんでした。「そのまま行こうとは思わなかったの?」という問いかけは、朝の番組で並んでいた先輩だからこそ聞けたものでしょう。
よろず~ニュースによると、「スッキリ」では加藤さんからの予想外の質問にうまく答えられず、落ち込んだ時期もあったそうです。それでも場数を踏み、日テレを代表するアナウンサーの一人になっていきました。
2026年3月8日、「シューイチ」の中で3月末での退社と番組の降板を発表。4月からは宮根誠司さんや羽鳥慎一さんが所属する事務所テイクオフに移っているんです。
フリー転身後の現在と徹子の部屋
「まる見え」では、フリーになってから出演者にドッキリを仕掛けられる場面が増えたと、本人が冗談めかして話しているそうです。局アナ時代とは扱いが変わったことを、笑いに変えているあたりがいかにも岩田さんらしいですよね。
フリーになってからも、「世界まる見え!テレビ特捜部」のMCは続けています。テイクオフの公式プロフィールには、2018年9月から現在まで出演中と記されています。
そのほか、「人生最高レストラン」「プレバト!!」「ホンマでっか!?TV」「日曜日の初耳学」「ゴゴスマ」など、局の垣根を越えてさまざまな番組に出演。8月21日発売の美容誌「VOCE」10月号では、ヘアメイクアップアーティストのイガリシノブさんによるメイクに挑戦しましたね。
フリー転身の発表は2026年1月でした。日テレの人気アナが局を離れることは大きなニュースになり、退社の理由にも関心が集まりました。本人は報知新聞の取材に、フリーの仕事は「刺激的」だと語っています。
そして10月13日、テレビ朝日系「徹子の部屋」に初出演します。よろず~ニュースによると、もともとアナウンサー志望ではなかったものの、先輩に勧められて受けたら合格したという経緯などを語る予定です。
「徹子の部屋」は、黒柳徹子さんが出演者の半生を丁寧に聞き出す長寿番組です。芸能事務所に所属していた中学時代、医師を目指した子ども時代、そしてアナウンサーになった経緯。どの話題が取り上げられても、岩田さんらしい率直な語り口が楽しめそうですね。
日テレ時代は、局のアナウンサーとして個人の過去を話す場が限られていました。フリーになって半年、自分の言葉で半生を振り返る機会が増えたことで、アイドル時代の話も自然に出てくるようになったのでしょう。
アイドル時代の話は、5月のTBSと9月のTOKYO FMで続けて披露してきました。「徹子の部屋」でどこまで語るのかも、注目されるところでしょう。
まとめ
- 岩田絵里奈さんのアイドル時代の芸名は「岡崎歩美」。2026年5月の番組で本人が明かした
- きっかけは中学2年の夏の着メロの高額請求。親に「働いて返しなさい」と言われ、スターダストに所属した
- 学業優先で土日に活動し、ステージでの歌唱やCM・広告出演をしていた
- 2011年1月にはユニットmignonとして、秋本帆華さん・夏緒さんとステージに立った
- 乃木坂46にいたという話は誤り。大学入学時には芸能活動を終えていた
- 2026年4月にフリーへ転身し、10月13日に「徹子の部屋」初出演
中学生の失敗を、親は甘やかさずに本人に責任を取らせた。本人はそれを週末の仕事で返し切った。家族のエピソードとしても、聞いていて気持ちのいい話です。
アイドル時代の話を笑いながら語れるのは、きちんと返し終えたという自負があるからこそでしょう。失敗をした中学生が、自分の力で責任を取り、その経験を大人になって糧にしている。好感度の高さの理由が、このエピソードによく表れています。
「一番の志は親への借金を返すこと」。そう言い切る率直さこそ、今の岩田さんの魅力そのものなのかもしれません。
よくある質問
Q1. 岩田絵里奈さんのアイドル時代の芸名は何ですか。
「岡崎歩美(おかざき あゆみ)」です。2026年5月2日放送のTBS系「人生最高レストラン」で本人が明かしました。
Q2. なぜアイドル活動を始めたのですか。
中学2年の夏、携帯電話で着メロをダウンロードしすぎて高額の請求が届き、親から「働いて返しなさい」と言われたのがきっかけです。以前から声をかけられていた芸能事務所に所属しました。
Q3. どんなグループで活動していましたか。
2011年1月10日の「3B junior 2011 New Year LIVE」に、秋本帆華さん・夏緒さんとのユニット「mignon」で出演した記録があります。ほかのグループへの所属は、公式には確認できませんでした。
Q4. 乃木坂46のメンバーだったのですか。
いいえ。所属していたのはスターダストプロモーションです。日テレの同期に元乃木坂46の市來玲奈さんがいることなどから、誤解が広まったとみられます。
Q5. 岩田絵里奈さんの経歴は。
渋谷教育学園渋谷中学高等学校、慶應義塾大学文学部を経て、2018年に日本テレビに入社しました。2026年3月末に退社し、4月からフリーアナウンサーとしてテイクオフに所属しています。


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